先日、こんな記事を目にした。
SNSのせいで「自分もスゴいことやらなきゃ病」にかかった人が見習うべきはマイルドヤンキー| らふらく^^ ~ブログで飯を食う~
ざっくりいうとこんな感じ
SNSを使ってると、自分よりスゴいことをしてる人を目にすることが多くなるので自分の成功に満足感を得られにくくなるよね。おまけに、スゴい事をやらなければいけない強迫観念に駆られる(=自分もスゴいことやらなきゃ病)ようになってしまう。
マイルドヤンキーは狭い世界しか知らないから幸せなのかもしれない。自分の知ってる世界の中で生きてるから。
自分もスゴいことやらなきゃ病にかかってる人は、頑張り過ぎず、「ある程度の幸せ」を意識した方が幸せになれるかもよ。
自分は
ここで書かれているマイルドヤンキーがどうこうというのは知らないが、読んでて確かに広い世界を知らない方が幸せに生きられるのかもしれないと思った。
しかし、いずれ知ってしまうのであれば早いほうがいい。
その方がショックは小さいし、それを受け入れる時間も十分にある。
そもそも、広い世界を知ったとしても、それはそれ、自分は自分。焦ったり、自分も何かしなきゃと思う必要もない。
そういった気持ちを維持できる人が結局幸せなんじゃないか?
自己肯定感というやつなのかな。
以上で感想終わり。後は思ったことをだらだら書いておく。
SNSやってなくてもスゴい人を目にすることはいくらでもあるじゃん
新聞、雑誌、テレビといった媒体の他に、今だったらブログとか。
しかし、これらの媒体とSNSの決定的な違いは「リアルにその人個人を感じられるか」ってことだと思う。
テレビに出てるスゴい人、ブログで難しいこと書いてるスゴい人・・・壁一枚隔てた向こう側って感じであまり現実感がないというか、その人を直接感じにくい。
しかし、SNSは違う。その人の日常が垣間見えることでより近くに感じることができる。また、一方通行のコミュニケーションじゃないという事もあるだろう。
すごいと思ってる人もちょっと愚痴ってみたり、しょうもないこと考えてたりするのがわかり、親近感を覚えることもあるし。ふとしたきっかけで交流を持つ様になることもある。
直接会って衝撃を受ける
いくらSNS上で仲良くなったとしても、やっぱり直接会うことには勝てない。
直接会った時ほど「この人スゴい」を一番感じることはない。
話を聞いてみて、小さい頃からすごい勉強してるやん、とか、若いのに知識が半端ないとか驚くことは様々。
SNSを通してスゴい人の集合がどんどん大きくなる
そして、仲良くなりSNSで直接会うことなくその人の近況を知ることになる。
そんな人がたくさん居るタイムラインを見ていると、みんなスゴいことばっかりしているような感覚に陥る。
そして、その人と繋がりがある人達も意識するようになるが、もちろんその人達もスゴそうな人ばかり・・・
SNSを通してスゴい人をより多く意識するようになったというのが適当かも知れない。
そしてますます、自分の力の無さを感じるわけだ。
自分をよく見てみなよ
あんたも他人から見たら十分スゴい人なんやで。自信持ちなよ。という考え方もあるだろうが、どうもそう思えない。 この辺は自己肯定感(自己評価)の低さによるものだと思う。
「四十にして惑わず」というが*1、
- 今の自分をそのまま受け入れる
- 他人を気にせず焦らない
というようなことが今後のテーマな気がする今日この頃である。
どうでもいいけど、何回「スゴい人」という言葉を書いたんだろう?
*1:まだまだ四十じゃないけど